荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)1

1_3

 旅の始まりです。

 川沿いに歩いていたら

 三筋の足跡を見つけました。

 ひとつは大きな鳥の

 もうひとつは小さな鳥の

 さらにもうひとつは靴の跡でありました。

 今日は何かを見つけられそう

 今日こそは

 昨日見られなかったものを見ることができそうだ

 子どもは

 そんな想いに満たされたのでした。

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 写真はサムネイルです。

 クリックしてご覧ください。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 2

2_3

 歩いていくと

 奇なる妙なる何ものかが

 子どもに呼びかけました。

 

 私を回してください。

 私を回転させてください。

 

 子どもが見たものは

 地中から突き出た

 ペダルでありました。

 これを回すと、地球が回るのだろうか。

 子どもは考えました。

 小さなペダルが回転すれば

 より大きな円が回転するのでしょう。

 ペダルの力が伝達されるのは

 大きな地球です。

  

 そうです

 私を回せば

 地球の自転はもっとはやくなります。

 一時間で昼と夜が生まれ

 もっとはやく回せば

 一分間で昼と夜が生まれ

 さらにもっとはやく回せば

 一秒間で昼と夜が生まれ

 さらにさらにもっとはやく回転させれば

 無限の昼と夜が

 一刹那の間で生まれるのです。 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 3

Photo_10

 また別な声が聞こえてきました。

 今度はハンドルと荷台でした。

 

 どうして僕たちは

 見捨てられたのだろう

 どうして僕たちは

 見捨てられなくてはならないのだろう。

 ペダルの奴のように

 狂気に歓喜できたら

 どんなに楽だろう。

 

 そうだな

 いつか俺にくくりつけられていた

 古本の話のようだ。

 狂気の虎になれたら

 完全に虎になれたら

 どんなにか幸福だろう。

 名前は李徴といったかな。

 

 子どもは

 昨日聞いた話を思い出しました。

 戦争の話です。

 ガダルカナルやミャンマーで

 ハンドルと荷台と

 同じことをつぶやきながら

 多くの若者が

 消えていったのです。

__________________________________________________________________________________________________________________

    李徴の話は

   李陵・山月記―弟子・名人伝 

にて。

個人的には「悟浄出世」とか「悟浄歎異」が好きだな。

でも、中島敦は全部好きなのかな。

少し値段は高いけど、どうせなら筑摩文庫の全集を読んだほうがよいかも

  中島敦全集〈1〉 中島敦全集〈2〉  中島敦全集〈3〉 

  以前、仕事がなかった頃に、なけなしのお金をはたいて全集を

買った。しかも、まだ文庫になっていなくて、身を削られる思いだった。

(他の人の全集に比べれば巻数ははるかに少ないのだが、

それでも当時はつらかった。でも、中島敦には長生きしてもらって、

もっと多くの作品を書いて欲しかった。)

 だけど、いい思い出になっていますね。

全集は今でも本棚の中央に鎮座しておられます。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 4

Photo_11

 眼を上げると

 別の

 自転車が

 瀕死の状態で

 倒れていました。

 疲れ切った様子で

 身体は半ば砂の中に

 埋もれているのであります。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 5

5_2

 もう乗ることは

 不可能かもしれませんが

 この自転車は

 かたちを

 とどめておりました。

                                                                                                                              

 お母さん

                                                                                                 

 うめくように

 つぶやくように

 そんな声が

 聞こえてきました。

 子どもは

 また戦争の話を

 思い出しました。

 「天皇陛下万歳」と

 叫んで死ぬ兵隊は少なく

 「お母さん」と

 絶叫し

 あるいは

 力なくつぶやいて

 倒れていったそうです

---------------------------------------

 「天皇陛下万歳」と叫ぶ兵隊はいなかった、という証言は

 一銭五厘たちの横丁 

 などを参照。

 しかし、「一銭五厘」というのは悲しい。

 「浮世のあたい」は「三銭」と言った高杉晋作が命をかけてつくった

 国の「天皇陛下の赤子」が「一銭五厘」とは、

 何かの皮肉であろうか。

 高杉晋作については、

 世に棲む日日〈1〉 世に棲む日日〈2〉 世に棲む日日〈3〉 世に棲む日日〈4〉 

 が読みやすい。

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 6

6_2

 お母さん  

 

 母さん

                                              

 おっかあ

                                 

 あちらこちらから

 声が聞こえてきました。

 見捨てられたものたちの声なのでした。

                                                                                                                                                                                          

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 7

Photo_12

 見捨てられたものたちは

 点々として

 散らばっているので

 ありました。

 そのさまは

 ミャンマーの

 白骨街道のようで

 ありました。

 ____________________________________________________________

ミャンマーの戦記は

回想ビルマ作戦―第三十三軍参謀痛恨の手記

死守命令―ビルマ戦線「菊兵団」死闘の記録

など光人社NF文庫がよいと思う。インパール作戦については、

角川文庫の

太平洋戦争 日本の敗因〈4〉責任なき戦場 インパール

がわかりやすい。

光人社NF文庫でもいくつか出ている。

Photo_17  ミャンマーで見た弓兵団慰霊碑

 靖国擁護論者と思われるのは心外なので、一言付け加えておきた

い。私は、国家権力者のエゴ、そして大国主義によって悲惨な戦争

が起こったと考える。庶民もそれに扇動されて、日本は大国と信じ、

愚かな戦争へ走ったと思われる。靖国参拝問題は、再び日本を

大国主義に向かわせようとしている国家権力者のエゴによるものと

思われる。常任理事国問題も同じことではないか。それに扇動され

る愚かな国民という図式も、昔とたいして変化していないのではない

か。(小国でもよいから平和な国のほうがよいと思うのだが。)

 国家権力者たちによって殺された「一銭五厘」たちを、その国家権

力者たちとともに祭り、そして、また現代の国家権力者たちによっ

て、政治的に利用させる、こんな悲しいことがあってよいのだろうか。

 中国や韓国の姿勢も擁護するつもりもない。他国のことはよくはわ

からないが、それもまた、国家権力者による国家エゴを感じないわけ

ではないから。 

 (六無斎にあやかっての偏屈者八百無斎記す。)

  

 

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 8

Photo_13

 ゆっくりと

 ゆっくりと

 波が

 押し寄せて

 きました。

------------------------------------

ミャンマーでの戦争についてもう少し。

ミャンマーって今だってけっこう遠いのに

あの遠いところまで何十万もの日本人が

出陣したとは。

戦死者も、一説では十八万、つまり

地方都市ひとつが全滅したことになります。

いや、壮年の男性なのですから、

四人家族とすれば、七十二万の都市の

働き手が全滅したことになります。

信じられますか?

  

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 9

Photo_14

 さらに

 波は

 近づいてきました。

 子どもは

 その様子を

 じっと

 ながめておりました。

----------------------------------------

ここからご覧になった方へ。

 「荒川漂流1」からの

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 いくらか

 わかりやすくなると思います。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 10

10_1

 水が

 とうとう

 自転車の

 ところまで

 やってきました。

 自転車の

 傷口を

 洗うように

 痛みを

 包むように

 浸して

 いきました。

 

 

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 11

Photo_15

 水は

 さらに

 押し寄せて

 きました。

 自転車は

 ただ

 身を

 ゆだねて

 おりました。

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 12

12_1

 液体におおわれ

 身体は

 少しずつ

 冷やされて

 いきました。

 自転車は

 沈黙

 しつつ

 ありました。

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 13

13_1

 すると

 急に

 自転車が

 怒りと

 悲しみで

 包まれました。

 子どもには

 そのように

 見えました。

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 14

14_1

 しかし

 自転車の

 身体は

 また

 徐々に

 冷やされて

 いきました。

 自転車の

 心も

 次第に

 落ち着いて

 いくようで

 ありました。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 15

15

 静かに

 静かに

 水に

 身体を

 ゆだね

 沈黙して

 いきました。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)16

Photo_16

 「死を想え」

 最期に

 かすかな

 呟きを

 残して

 消えていくので

 ありました。

----------------------------------------------

   「死を想え」「死を忘れるな」は無論「メメント・モリ」の訳であり、

  「メメント・モリ」と言えば、

  スーザン・ソンタグの

  「写真はすべてメメント・モリである」という言葉を思い出す。

  写真論 を参照のこと。

  それから、

  「メメント・モリ」と言えば、

  藤原新也さんの作品でもある。 メメント・モリ を参照。

  そもそも、

  この「荒川漂流」という題名そのものが

  藤原新也さんの東京漂流 の影響を受けているのだろうが、

  個人的には、なにも願わない手を合わせる を推奨したい。

  印度放浪 については私ごときが言うまでもない。

  題名の件については、またどこかで論じたいと思う。  

  

  

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)17

17

 子どもは

 再び

 歩き始めました。

 死を

 想わせるものは

 いたるところに

 転がって

 いました。

 --------------------------------

「死を想うな」「無常を観ずるな」 

 という話が徒然草にある。

 これはある大福長者が述べた言葉であるが、

 たしかに「死」や「無常」を観じていては 

 金儲けなどできないだろう。

 もっとも、兼好法師は批判的に

 この話を取り上げているのだが。

  新訂 徒然草 などを参照。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)18

Photo_18

 誰かが

 忘れていった

 鞠が

 転がって

 いました。

 持ち主の

 ことを

 夢見て

 楽しい

 思い出の中で

 まどろんで

 おりました。

 持ち主も

 鞠も

 そして

 子ども自身も

 この世では

 ただの

 旅人

 あるいは

 客人でしか

 ないのでした。

 いえ

 王様も

 お金持ちも

 それは

 同じなのでした。

----------------------------------

 この世の客人という考え方は、もちろん

 私のオリジナルではない。

 沢庵和尚や伊達政宗が同様のことを

 述べていたと思う。

 新約聖書の「ヘブライ人への手紙」の

 第十一章十三節も同趣旨と思われる。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)19

Photo_19

 ひとつの

 車輪が

 横たわって

 おりました。

 子どもは

 先ほどの

 自転車のことを

 思い出しました。

-------------------------------

「この世の客人であること」の認識、

「死」の認識は

 この世への執着を

 薄くさせてくれる。

 裸で生まれて

 裸で還っていくのだから。 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)20

Photo_20

 子どもは

 耳を

 近づけました。

 すると

 うめくような

 声が

 こぼれて

 きました。

------------------------------------ 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)21

21

 まもなく

 また

 水が

 満ちて

 きました。

 ゆるやかに

 ゆるやかに

 砂地を

 潤して

 いきました。

 

 

 

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)22

Photo_21

 滅びるぞ

 滅びるよ

 そう 

 つぶやく

 声が

 しました。

 一方で

 水の

 笑う声も

 聞こえてきました。

 無邪気でもなく

 邪気もなく、

 透明な笑い声でありました。

 

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)23

23

 見捨てられた

 ものたちは

 声を

 あわせて

 叫びました。

 滅びる

 滅びる

 この国は

 滅びるぞ

 -----------------------------------------

「滅びるね」と日本の将来を予言したのは

 三四郎

 の広田先生。

 漱石先生はやはり偉大だ。

 勝ち組だなどと浮かれていると

 本当に滅びそうである。

 見捨てるものは最後には

 自分たちも見捨てられる。

 二極化した国家は

 国として成り立つまい。

 勝ち組の政治家たちが

 いくら愛国心を持たせようとしても

 共感は得られまい。

 愛国心という名のもとに、

 自分たちの権力、

 体制を保持しようとしての

 行動としかとられないだろう。

 もっとも、これで国民が

 コントロールされて

 しまうなら戦前の二の舞で

 本当にまた滅んでしまうかもしれない。

  

  

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)24

24

 水は

 笑いながら 

 すべてを

 包んで

 いきました。

----------------------------------------

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)25

25

 笑いが

 激しい時は

 流れも激しく

 ゆるやかに

 笑っている時は

 流れは

 ゆるやか

 なのでした。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)26

26

 水は

 見捨てられたものたちの

 心を

 なだめるように

 すべてを

 包んで

 いきました。

-----------------

 すべて現実は受け入れるのがよかろう。

 先日の「滅びる」という話も人々の良心を

 信じたいと思う。

 もっとも、去年の政局などを見ていると、

 簡単に人々はのせられてしまう。

 いや、マスコミもそうでしたね。

 ただ、これは今に限らないし、太平洋戦争のときの

 マスコミの反応を見ればわかることだ。

 いや、そんな昔でなくてもよい。

 バブルの時に、土地の値段を下げさせようと

 世論に働きかけていたのも、マスコミではなかったか。

 土地本位制資本主義の日本でどういうことが

 起きるか、考えればすぐわかることであったろうに。

 もっとも、たいがいの新聞社、テレビ局は、

 報道機関としての使命よりも、

 企業としての利益追求を優先させているようだから、

 無駄かな。

 支持率が80パーセントを超える首相の悪口を書くと

 新聞が売れないと言っていたようだし。

 だいたい、大新聞社、テレビ局に勤務している人は

 勝ち組なわけで、一部の良心的な報道者を除けば、

 底は知れているか。

 これも受け入れるべき現実ということか。

 最初の話に戻ると、

 滅びても滅びなくても、

 これまた現実は受け入れるべきなのだろうね。

 滅びなければうれしいし、

 滅びても、また復興させればよい。

 人間、逆境のほうがまともになる。

 何代にもわたって

 順境にある人々(特に世襲政治家?)が

 少しおかしくても当たり前。

 これまた受け入れるべき現実。

 無花果が液汁を出すのならそれを受け入れねばならない。

 液汁を出さないことを願うべきではあるまい。

 マルクス・アウレリウス「自省録」 などの

 ストア派の書物を参照。

 付け加えておくと、

 勝ち組になってはいけない

 などと言うつもりはない。

 敗者への惻隠の情を忘れないで欲しい

 ということなのだ。

 勝ったら、敗者のことを無視、あるいはこれまでのことの

 復讐をする、といった風潮がひどく世間を殺伐としたものに

 しているのではないか。

 もっとも、これも、エピクテトスやマルクス・アウレリウスなら

 なんと言うだろうか。

 彼らはそうせざるをえないように生まれている、あるいは

 そうせざるをえないように成長してきてしまったのだ、

 それをとやかく言う八百無斎、 お前は彼ら以上の、

 いや彼ら以下の阿呆じゃ。

 ただ、いずれにせよ、

 我々は客人として

 つかのま生きるだけなのだが。

 でも、ハーシェルの言ったように、

 少しはこの世をよくして、

 去っていきたいしね。

  内村鑑三の

  後世への最大遺物・デンマルク国の話

  を参照。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)27

27_1

 半身を

 水に

 沈めながら

 あるものたちは

 あいかわらず

 不満を

 つぶやいて

 おりました。

 どうせ

 俺たちは

 見捨てられるのさ。

 誰も

 看取っても

 くれはしねえよ。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)28

28

 水は

 あいかわらず

 笑って

 おりました。

 ただ

 その笑い声は 

 しだいに

 子守唄ような

 響きへと

 変わっていきました。

 

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)29

29

  水の子守唄で

 みんなが

 眠ってしまった後に

 小鳥が

 飛んできて

 自転車の

 上に

 とまりました。

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME)30

30

 ああ

 よかった。

 ちょうど

 休みたいと

 思っていたのよ。

 小鳥は

 誰に

 告げるともなく

 そう

 つぶやきました。

 本当に

 気持ちよく

 休めるわ。

 

 

  

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 31

31

 小鳥は

 しばらく

 休んで

 また

 飛んでいきました。

 子どもは

 考えました。

 役にたたないように

 思われるものも

 何かの

 役にたっているんだ。 

 無用に

 思われるものにも

 用がある。

----------------------------------

 今さら言わなくてもよいことでしょうが、

 「無用の用」については

 老子  荘子 第1冊 内篇 (1) 荘子 第2冊 外篇 (2)

荘子 第3冊 外篇・雑篇 (3) 荘子 第4冊 雑篇 (4) 

 などを参照。

 ついでに述べておくと、

 住井すゑさんの

 橋のない川〈1〉 橋のない川 (2) 橋のない川〈3〉 橋のない川 (4) 

 橋のない川 (5) 橋のない川 (6)  橋のない川〈7〉 

 も読んでください。

 老荘と関係なさそうですが、(特に後半の部分で)老荘のよさを

 再認識できると思います。

 これまたついでですが、

 天皇制についても

 一読する価値があると思います。

 住井さんの考えは

 皇族も天皇制の被害者ではないか、

 ということだと思いますが、

 この主張は

 私にとっては

 新鮮なものでした。

 住井すゑさんと

 まったく同じ考えというわけではありませんが、

 この本から

 多くのものを

 受け取ったと

 思います。

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 32

32

  子どもの

 心も

 落ち着いて

 きました。

 見捨てられたものたちの

 怒りや

 悲しみが

 子どもの

 心をも

 おおって

 いましたが、

 その

 怒りや

 悲しみの

 膜が

 少しずつ

 溶けて

 いきました。

 

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 33

33

 日が

 沈みつつありました。

 見捨てられたものたちも

 水に

 沈みつつありました。

  

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荒川漂流(REQUIEM FOR SOME) 34

34

 水が

 すべてを

 おおって

 いきました。

 水の

 ゆるやかな

 微笑が

 すべてを

 包んで

 いきました。

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荒川漂流後記1

K1

 「荒川漂流」の本体はとりあえず完結ということにしたいと思います。

 当初は「REQUIEM FOR SOME」 という名で

 自費出版の写真集を作成する予定でした。

 これまで頼んでいた業者さんとは違う会社に依頼しようとしたら

 いろいろトラブルが生じてしまいました。

 たいしたことではなかったのですが、

 気持ちが変わり、ブログをつくってみることにしたのでした。

 その間に、「見捨てられしものたちへの讃歌」という題名も

 いいかななどとも考え始めました。

 「格差社会」「勝ち組負け組」などという言葉がはびこる世の中に

 なっていました。

 見捨てられた人たちへの応援歌になればいいなあ

 と考えたのです。自分も見捨てられたものとして、

 自分を励ます意味もあったかもしれません。

 でも、ブログの作成を始めてみると、

 その題名ではわかりづらいかなという気もしてきました。

 そこで、写真はすべて荒川流域で撮ったものだったので、

 「荒川漂流」という単純な名前にしてみたのです。

 最初の題名にも未練があり、それは副題としてみました。

 

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荒川漂流後記2

Photo_22

 最初に写真をまとめている時、

 まず「REQUIEM」という言葉が浮かびました。

 その頃、あるいはその少し前に

 「REQUIEM」が好きでよく聴いていたためでしょうか。

 フォーレ:レクイエム とかブラームス:ドイツ・レクイエム

 ペルト:タブラ・ラサ 中の「ベンジャミン・ブリテンの追悼歌」、

 モーツァルト:フリーメーソンのための音楽集 中の葬送の音楽

 等々などです。

 リストラの嵐が猛威を振るい、世の中も自分自身も

 悲観的でした。

 あてもなく荒川沿いをよく歩いていました。

 

 

 

 

  

 

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荒川漂流後記3

Photo_23

「失われた十年」とよく言われましたが、

 バブルの後遺症は大きかったですね。

 考えてみると、

 オイルショックなどはありましたが、

 幸福な少年時代を送ってきたのでしょうね。

 高度成長、一億総中流で、

 日本はよい国だという思い込みがあったように思います。

 そこに、人が人を切る、

 自分の生活を守るために

 これまでの同僚だった者を切るリストラですからね。

 日本という国への疑問も起こってきます。

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荒川漂流後記4

Photo_24

 しかし、考えてみると、

 昔から日本がそんなによい国だったとは

 思えませんね。

 途中でミャンマーの写真を入れましたが、

 戦争の時代、その直後の時代、

 今よりももっと殺伐としていたでしょうね。

 また、そういったことは、

 この国に限ったことではないでしょう。

 過去も、現在も、そして未来も?

 天の下に新しきものはないのかもしれない。

 いつの時代でも、人間の過ちというのは

 存在するのだと思う。

 ただ、そうは言っても、

 住井すゑさんがおっしゃっていたと思うが、

 昔とくらべれば、はるかによくなっている。

 完全ではないが、人権といったようなことが問題と

 なるだけでもよくなっている。

 昔は問題としてすら取り上げられなかった、

 意識されるということすらなかったのでしょうから。

 そういう意味では、

 ハーシェルのような先人が

 少しでもこの世をよくしようと

 努力してくれたことの蓄積があるのだろう。

 (再び、ですが、

 後世への最大遺物・デンマルク国の話 を参照)

 

 

 

 

 

 

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荒川漂流後記5

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 気が滅入る時は、いつも荒川を歩いていました。

 もともと、川が好きだったのでしょうね。

 考えてみると、

 少年時代よく読んでいたヘッセのシッダールタ

 川の物語と呼んでもよさそうですし、

 さらに幼い時に読んでいた

 ケネス・グレーアムの

 たのしい川べ も、

 もちろんそうですね。

 さらに、 音楽でも、

  エリック・アンダーソンのブルー・リヴァー(紙ジャケット仕様)

 ブルース・スプリングスティーンの

  ザ・リバー(紙ジャケット仕様) が 好きと

   きています。

 川沿いを歩いているだけで、心が静まっていくのを感じるのでした。

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荒川漂流後記6

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 川が

 水が

 すべてを教えてくれました。

 サイモンとガーファンクルの明日に架ける橋

 「コンドルは飛んでいく」にあるように

 誰だって打たれる釘であるよりは

 打つ側のハンマーでありたい、

 誰だって見捨てられる側であるより

 切る側、強者の側でありたいと願う。

 しかし、本当にそうなのか。

 

 

 

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荒川漂流後記7

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 水は低きに流れる。

 低いところにいて安定している。

 争いを避け

 でも落ち着くところに落ち着き

 かたちを自由に変えて

 流れていく。

 かつ

 水は強い。

 (老子 を参照)

 

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荒川漂流後記8

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 水は瞬間ごとに

 かたちを変えていく。

 我々もそうなのではないか。

 今

 ここに

 実体があると信じ

 固執し

 悩んでいるが

 結局

 我々は

 この世の一瞬の客でしかすぎない。

 私だけではなく

 他の人たち

 他の生物も同じである。

 今は温かい血が流れていても

 明日は

 むくろとなって転がっているかもしれない。

 我々は

 この世の旅人

 客人であるにすぎない。

 

 

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荒川漂流後記9

K9

 これからも悩み続けるのでしょうが

 迷ったら

 川に出ればよい。

 迷っている我々を

 川は笑ってくれるだろう。

 もうしばらく

 旅は続くのでしょうが

 川は

 我々を大海へと導いてくれる。

 (再び、ヘッセのシッダールタ を参照)

              

           完

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