前回は
スティーブ・マッカリー
の写真を見ていたら
アンリ・カルティエ=ブレッソンの
写真に対しての見方が
変化したという
お話でした。
今日は
時間の経過で
一枚の写真の
見方が変化した
というお話です。
その一枚というのは
石川文洋さんの
写真です。
(マッカリーや
ブレッソンには
「さん」という敬称を
つけませんでしたが、
他意はありません。
マッカリー「さん」と
いうのも不自然な気が
しただけですね。)
ばらばらになった
肉体、
その上半身だけになった
ベトナム人の身体を
アメリカ兵が
持ち上げている。
上半身と
言いましたが、
実際には、
頭と胸だけ。
それを持ち上げる
アメリカ兵の表情が
ひどく冷淡なものに
見えたのです。
アメリカの
残酷さが
象徴されている
写真と感じました。
初めて見た時には
ベトナム戦争は
とうに終わっていましたが、
ソンミ(ミライ)の
虐殺の記憶などもあって、
そう感じたのかもしれません。
また、雑誌で見たので、
小さな、しかも
あまり鮮明でない
写真だったようにも
思います。
ただ、
最近になって
久しぶりに
再び見る機会が
ありました。
戦争の残忍さを
伝えるということは
変わらず感じたのですが、
アメリカ兵の表情が
やや変わった印象を
受けました。
もちろん写真が
変わったのではなく、
私のほうの
見方が
変わったのでしょう。
今回見た
印象では、
アメリカ兵は
「人間は
最期において
こんなになってしまうのか」
ということに
困惑しているようにも
思えたのです。
もちろん
兵士ですから
戦場で感情は
抑制しているのだと
思いますが、
前回の時は
それを
「冷酷」と
感じたのかもしれません。
今回は
その奥にある
兵士のとまどいの
ようなものを
感じました。
本当に
冷酷な兵士なら、
死体を放っておくか、
死体を
蹴飛ばすようなことも
あるかもしれません。
好意的に
考えれば
その兵士は
死者に対して
ある種の
弔いをしている
ようにも思える。
(あくまで好意的に
考えて、ですが)
ばらばらになった
肉体を集める
ことによって、
死者に対して
敬意を表している
ようにも思える。
死体を縫合したり、
死化粧をするのと
同様の行為とも
とれる。
そう言えば、
これまた最近なのですが、
やや古い雑誌で
石川文洋さんが
こんな発言を
されているのを
見つけました。
(窓社「Photo Pre No.8」
1994年発行)
「実は、あの写真は最近
開いた写真展でも出して
いないんです。たとえば
東京都写真美術館の
写真展でも、あの
写真は出展していません。
あの写真の兵士は、
死体を持ってきただけで、
彼が殺したわけでは
ないんですよ。だからあの
写真は彼にちょっと
気の毒だなと私は
思っているんです。
あの写真で
彼はずいぶん
苦しんだだろうと。」
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もう一枚、
ベトナム戦争の
写真について。
当時の
南ベトナムの警察長官が
路上で
捕らえられた
青年ゲリラの頭を
いきなり
拳銃で撃ち抜く
というショッキングな
写真です。
撮影したのは
エディ・アダムスで、
この写真で
ピュリツァー賞を
授賞しました。
写真の持つ力を
思い知らせてくれた
ということで、
当然それだけの
価値のある
ものですね。
この写真も
最初にみた時に
感じたのは
嫌悪感とか
怒りという
ものだったと
思います。
問答無用で
いきなり
頭を撃ち抜く
という印象でしたからね。
しかし、
その後になって
警察長官の
側近の家族が、
直前に殺されていた
などということが
わかってきました。
知り合いの家族が
殺されたということで、
政治体制上の
争いというよりも、
個人的感情の
爆発という要素も
強かったようです。
昔風に言えば、
一種の敵討ち
でしょうか。
もちろん、だからと言って、
警察長官の行為が
ゆるされると
いうことでもないのですが。
ただ、
極悪非情の
権力者という印象から
仲間の家族を
殺された悲しみに
満ちた男という
イメージも
浮かんでくる
ようになったわけです。
怪物が
人間に見えてきた
ということですね。
とえらそうに
書いてきましたが、
これは有名な話なので、
御存じの方も多いはずですね。
エディ・アダムスは
2004年に亡くなって
いますが、
この写真に
関して、
晩年は
元警察長官に
同情的だった
ようです。
石川文洋さんと
同様の
感想を
持たれていたようです。
一枚の写真が、
大きな影響を
与えてしまう。
特に
撮られた本人に
大きな影響を
与えてしまう。
そのことを
考えなければ
いけないのでしょうね。
ちなみに、
元警察長官は
1998年に
アメリカで亡くなっています。
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スティーブ・マッカリー
の写真を見ていたら
アンリ・カルティエ=ブレッソンの
写真に対しての見方が
変化したという話から
始まっていますが、
写真だけでは
ないように思います。
以前、
ラジニーシの書を
手にしました。
何を言っているのか
さっぱりわからず、
お手上げ状態でした。
そのことを知人に
話したら、
彼は、
「俺にもわからないが、
似たようなことが書いてある
本を知っている」
と言って、
クリシュナムルティの本を
貸してくれました。
実際には、
その本を読んで
さらに
わからなくなったのですが、
著者の紹介
部分で
ニーチェや
ドストエフスキーを
読んでいた
という部分があったので、
を再読してみました。
昔読んだときは、
これもまた
よくわからない本だったのですが、
ラジニーシ、クリシュナムルティと
わからないままに経てきた後では、
すっきりと
頭の中に入ってきました。
ドストエフスキーの
なども同じですね。
以前よりも、
作者の言いたいことが
直に伝わってくる
ような気がしました。
結局、
妙な感じではありますが、
今でも、
ラジニーシ、クリシュナムルティは
わかったとは言えませんが
(彼らをわかったということは
つまり
「悟った」
ということでしょうから)、
彼らのおかげで
ニーチェや
ドストエフスキーは
すとんと
腹のうちに
おさまった
ような気がします。
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写真の話に戻ります。
最近になって
やっと
デジタルカメラに
触れるように
なりましたが、
デジタルカメラには
動画の機能が
ついているものが
ありますね。
時々
悪戯してみるのですが、
やはり、
写真と動画は
違うものだと
思います。
大きな違いは
使い古された
表現ですが、
写真は
「一瞬を切り取る」
というところですよね。
動画は動画の
よさがあります。
たぶん
情報量が
多いという
ことでしょうね。
文字情報だけよりは
写真、
写真よりは動画、
実用面、情報面では
写真は動画にかなわない。
でも、やはり
写真には写真の
よさがある。
たとえば、
アンリ・カルティエ=ブレッソンの
「サン=ラザール駅裏」、
もし、動画だったら
どうでしょう?
男が
走ってきて
ポチャッと
水しぶきがあがる。
でも、それだけで
終わってしまうのでしょうね。
写真だと、
この後の
展開がどうなるかなどと
いやでも
考えてしまいますね。
つまり、
含みがある。
芭蕉の
「いいおおせて
何かある」
を思い出します。
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写真と俳句は
類似点が多いと
よく言われます。
たしかに、
「写真は引き算」
ですが、
俳句も
余計なものを
削り取り、
十七文字に
結晶させます。
俳句は
短詩型文学、
写真も一瞬、
両方とも、
情報量は
限られているので、
余韻を残す、
そこから夢が広がる、
そういったものが
求められる
ということでしょうかね。
もちろん、かつては
写真は情報の王様で、
文字通り
報道の最前線に
あったわけですが、
それは
時代の流れで
動画に
とってかわられた。
そうなると、写真の
進む道は
俳句のような
芸術の道と
なるような
気がします。
もっとも、
まだ
雑誌などの
紙媒体が
存続していけば、
写真の報道性は
まだ重要と
なりますが。
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俳句を
写真化する
ということも
よくおこなわれて
いると思いますが、
写真化しやすい俳句と
そうでない俳句と
あるような
気がします。
「古池や
かわず飛び込む
水の音」
音の描写だったり、
心理描写ですから
写真化しにくいような
気がします。
(どなたか写真化
した方がいらっしゃたら
お教えください。ご教授
お願したいと思います。)
一方、
与謝蕪村だと、
情景描写の
句なども多いので、
「菜の花や
月は東に
日は西に」
ロケーションが
難しいけれど、
菜の花畑で
夕刻を狙えば
よいわけですよね。
芭蕉だって
情景描写は
あるけれど、
「荒海や
佐渡に横たふ
天の川」
荒海と
佐渡と
天の川の
三つがそろうところは
何処でしょうか。
これも、
情景描写というより、
実際に見ていたのは
荒海と佐渡だけ
だったかもしれない。
天の川は数日前に
別なところで
見たのかもしれない。
もっと言えば、
本当に見ていたのは
荒海だけ
かもしれない。
この荒海の
向こうに
佐渡が
横たわって
いるのだな
と心で見た
のかもしれない。
などと
俳句を写真の
観点から
見てみると
おもしろいですね。
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動画と写真と
いうところから
俳句と写真へと
話が発展
(逸れただけ?)
しましたが、
考えてみると、
写真は一瞬を
とらえると
言っても、
動いているものを
撮る場合、
それから
もともと
動いていないものを
撮る場合が
あると思います。
勝手な私の
思い込みで
申しますと、
木村伊兵衛さんは
動いているものの
一瞬をとらえる
名人という気がします。
いろいろなものが
複雑に動いていくが、
それらが
調和した
ある一点を
直観的に
とらえて
撮影していく、
ということでしょうか。
アンリ・カルティエ=ブレッソンの
「サン=ラザール駅裏」と
通ずるところですよね。
一方、
土門拳さんは
仏像を
つまり
静物を撮った。
ところが、
土門さんは、
静物のはずなのに、
仏像が
走り出す、
もしくは
動くと
表現されたそうですね。
静物だから
動かないと思うけれど、
そこに
何かを
見出して
おられたのでしょうね。
仏像が
動きだすまで
待つ
土門拳さんと
動くものを一瞬に
とどめる
伊兵衛さん、
もちろん、
土門さんも
動きをとめる
写真もありますが、
考えてみると
おもしろい点で
あると思います。
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そもそも、
この「思いつく事など」は
昭和三十年代ブームと
いうところから
話を始めました。
考えてみると、
写真、カメラも
その頃から
昭和四十年代が
もっとも
盛り上がった
のではないでしょう。
もちろん
昭和二十年代も
土門拳さんの
月例審査などで
燃えあがって
いたのでしょうが。
ただ、
庶民の手に届く
値段のカメラ
というと、
テレビや
自動車と
同じように
昭和三十年代と
いう印象です。
カメラ、写真に
おいても、
昭和三十年代は
輝ける時代
(の始まり?)
だったのでは
ないでしょうか。
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