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常懐悲感15「墓碑2」

J

 アテネの国立考古博物館では

 不思議な経験をした。

 墓碑を集めた部屋で

 ひとつひとつを観ていると

 いつのまにか

 私ひとりになっていた。

 ほかの観光客は

 他の部屋へ行ってしまい

 博物館員は椅子の上で

 眠っている。

 ひとりで墓碑を観ていると

 地の底からのような

 腹に響くような

 音が聞こえてくる。

 おそらく

 他の部屋の訪問客の声が

 いくつもの部屋を通って

 海のざわめきのように

 地の轟きのように

 聞こえてきたものと思われるが

 いろいろな部屋からの

 集合された音のためか

 人の声とは聞こえず

 動物の鳴き声とも聞こえず

 この世の声とは

 思えない。

 その音に包まれて

 墓碑を観ていると

 異次元の

 死者たちの

 声を聞いているかのようである。

 しかし

 恐怖感はなく

 ある種の共感を感じていた。

 われわれは

 等しく

 死す者

 つまり

 モータルである。

 死者は

 かつての生者であり

 生者は

 いずれ

 死者となる。

 そこに

 何の違いがあるのか。

 ただ

 時間の隔てが

 あるだけである。

 

 

 

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常懐悲感16「墓碑3」

Photo_39

 家族を失う悲しみは

 古今東西

 変わりはない。

 家族を失った悲しみを

 歌った芸術作品も多い。

                                                                                                                                 

うまれしもかへらぬものを我がやどに

                        小松のあるを見るがかなしさ

                        紀貫之

                                                                                                                                                                  

                                                                                                                                                         

      また来ん春……

 また来ん春と人は云ふ

 しかし私は辛いのだ

 春が来たつて何になる

 あの子が返つて来るぢやない

                                                                                                      

 おもへば今年の五月には

 おまへを抱いて動物園

  象を見せても猫(にやあ)といひ

 鳥を見せても猫(にやあ)だった

                                                                                      

 最後に見せた鹿だけは

 角によつぽど惹かれてか

 何とも云わず 眺めてた

                                                                                       

  ほんにおまへもあの時は

 此の世の光のただ中に

 立つて眺めてゐたつけが……

                         中原中也                                                                                           

                                         

    

  母親に抱かれた幼子をよく見る。

 たしかに子供たちは光である。

 ただ、影もその後についてくる。

 陽あるところには

 陰もかならず存在する。

 

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常懐悲感17「墓碑4」

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 常懐悲感と言っても

 一日じゅう

 あるいは

 一年じゅう

 暗い顔をしていればよい

 ということではあるまい。

 楽しい時は楽しみ

 うれしいときは笑う。

 ただ

 この世には

 四苦八苦がある。

 特に

 痛烈なのが

 愛別離苦であろう。

 愛する者といずれは離れなければいけない。

 それはわかっているが

 突然の訪れがある。              

                                                       

 紀野一義氏の

 こんな文章がある。

                                                        

  だれにだって悲しみというものはある。しかし人は、悲感に

とらわれると、なんとかして それを忘れようとしたり、どこかに

逃げ出そうとする。だからその悲しみをすぐ他人に話す。話す

ことによって悲しみをまぎらそうとするのだ。こういうものを

愚痴という。「愚痴をこぼす」という不快な印象のことばが、 

その行為のいやらしさをうまく表現している。

  愚痴をこぼしたって、事態はけっしてよくならない。かえって

悪くなる。

  悲感を自分の胸のなかにいだいていなさい。その悲感が

あなたの心を浄化する。あなたの心をクリアーにする。

  悲感は、冬のすみきった空気のようである。痛いほどに

するどいが、そのするどさが心地よく心のなかをほぐして

くれる。そして、心をさめさせてくれる。

         講談社現代新書 『仏教のキイ・ワード』

              

 

 

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常懐悲感18「伝道の書」

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 「伝道の書」(「コレヘトの言葉」)に

 「弔いの家に行くのは

 酒宴の家に行くのにまさる。

 そこには人皆の終りがある。

 命あるものよ、心せよ。

 悩みは笑いにまさる」

 とある。

 手もとにあるのは

 1987年の新共同訳だが

 子供のころ読んだものは

 「悲しみの家にいくのは」

 「悲しみは笑いにまさる」

 となっていたと思う。

 「すべては塵から成った。

 すべては塵に返る。」

 「見よ、どれも空しく

 風を追うようなことであった」

 なども好きな言葉だ。

 (私の年代だと、

  カンザスの  

  Dust in the Wind

  つい思い出してしまう。)

  写真は

  デルフィの遺跡の近くを

  散歩中に。

  ともしびが

  はかなく揺れて

  切なげで

  人の命を感じさせた。

  (これも

  ジャクソン・ブラウンの

  ジャクソン・ブラウン・ファースト 中の

  「アダムに捧げる歌」を

  思い出させる。)

     

  

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常懐悲感19「願はくは」

Photo_42

前にも述べたように

「常懐悲感」と言っても

毎日、暗い顔をしていなさい

ということではなかろう。

我々は

つい世の中のことにとらわれ

浮かれて

何が大事かを忘れてしまう。

「悲感」によって

何が大事かを

再認識させていただく

とでも解釈しようか。

あるいは

悲しみの多い人への慰め

もしくは励ましともとれる。

悲しみはそんなに悪いものではない

心を澄まし

悟りへと導いてくれるものだから

という励ましとも解釈できる。

また

さらに言えば

「悲感」を懐くとは

無常を感じることでもあろう。

「正法眼蔵随聞記」の

「志の到らざることは無常を思わざるに依るなり」

「またこの志しをおこさばただ世間の無常を思ふべきなり」

などを思い出す。

無常を観ずることが

正法への道であり

「悲感」を懐くことは

またその無常へと

導かれる道と

信ずる。

ともかくも

無常を観じた上は

 願はくは花の下にて春死なむ

                    そのきさらぎの望月のころ

                      西行

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’95春 中国 「上海」

写真の整理を始めました。

放っておくのも写真がかわいそうな気がして

過去を思い出しながら

ブログに活用することにしました。

最初に、十年あまり前の中国での写真から始めることにします。

                                                                                                                           

Ch1_6   

上海の外灘です。

老人が散歩していました。

1995年だと

まだ人民服を着ている人もみかけました。

                                                                                                                                 

Ch2_1

この頃はまだ高層建築も少なく

テレビ塔が突出している感じでした。

                                                                                                                                 

Ch3_1

いろいろなものが雑然としていましたね。

自動車はまだ少ない。

でも

この雰囲気は

嫌いではありませんでした。

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’95春 中国 「西安1」

Ch4_1

西安は初めての訪問なのに

懐かしいという印象がありました。

阿倍仲麻呂や楊貴妃の話など

よく耳にしていたせいかもしれません。

もっとも

西安ではなく長安という名前で親しんできたわけですが。

Ch5_1

西門から見た風景です。

シルクロードの出発点ですね。

長安からローマへ。

しかし、よく見ると

1995年の時点で既に

ケンタッキーフライドチキンの看板が。

とすると

ローマを越えて

ケンタッキーまで通じたことになるのでしょうか。

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’95春 中国 「西安2」

Ch6_2 

西安の大雁塔からの風景です。

                                                               

Ch7_2

大雁塔の前で見かけた記念撮影風景です。

撮るほうも撮られるほうも直立不動ですね。

これまた懐かしい姿のように思われました。

日本も少し前はこんな感じで写真を撮っていたように思います。

もっとも、今の中国は既に変わってしまったんでしょうね。

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